大正末期、現在の三鷹市付近は5.6戸の民家が散在していただけで、一帯は畑地であり、都心へ出るには吉祥寺駅で乗降していました。 これがため、禅林寺では、住民の利便を計り、大正13年11月、駅設置請願書に地方有志の記名捺印を求め、東京鉄道局長に提出しましたが、間もなく武蔵野市からも駅設置請願書が出され、競願となりました。当局では、慎重審議の末、三鷹市の採用を決定し、昭和3年初春に駅設置の通知をしてきました。

これによって、禅林寺はその寺地750坪を駅の敷地として寄附し、当局は車庫敷地等の買収に着手、昭和5年6月25日に待望の三鷹駅が開設されました。以来発展の一途をたどり、現在にいたります。